イゴールボブチャンチン☆フォンターナから愛を込めて「闘魂伝承編」〜

皆さん!風を感じ人の動きを察知する!
独特の軌道で放つロシアンフックが大好きなイゴール・ボブチャンチンです!

皆さん、猪木寛治といって想像する人物わかりますでしょうか?
燃える闘魂アントニオ猪木!この方を語らずにイゴール・ボブチャンチンのブログは先に進めません。
アントニオ猪木 本名 猪木寛治(いのき かんじ)
神奈川県横浜市鶴見区出身 AB型
元妻は女優の賠償美津子 娘が一人います。
13歳の時に貧困生活を抜け出せるかもしれないという希望から母親・祖父・兄弟とともにブラジルに渡りサンパウロ市近郊の農場で少年時代を過ごす。
少年時代は陸上の砲丸投げで優勝するなど身体能力を発揮する。
その際に、ブラジル遠征に来ていた力道山の目に留まりスカウトされプロレスの世界へ入門する事に!
1960年昭和35年9月30日のデビュー戦 大木金太郎に逆腕固めで敗退。
エリートプロレスラージャイアント馬場との初対戦1961年昭和36年羽交い締めで敗退。
20時からテレビにゴールデンとして放送されていた頃の猪木は負け知らずの私のヒーローとなる。
入場シーンの『猪木ボンバイエ!猪木ボンバイエ!』知らない人はいない猪木の入場曲。
モハメド・アリとの激戦で戦い抜いた両者は親友となり、アリから入場テーマ曲を頂く!
ア〜リ ボンバイエ!これが→猪木ボンバイエに変わる!!
技のレパートリ―は少なく、延髄切りからの卍固め。お決まりのコンボ!これが出たらもうおしまい。
1987年昭和62年 巌流島でマサ齊藤との時間無制限は心底声を張り上げ猪木を応援した記憶がある。結果はドロー!
そして、伝説のあの言葉を発する事に!
『お客さ〜ん!どうですか?』1987年昭和62年12月27日 たけし軍団の刺客ビッグバンべイダ―と対戦。
実は猪木の対戦は長州力に決まっていたのですが、猪木が対戦カードを勝手に変更。
しかも、負けてしまい大阪城ホールが暴動を起こす事に。
1990年平成2年2月10日闘魂三銃士の蝶野&橋本の挑戦を受けた時に蝶野からフォール勝ち。この試合で初めて『いくぞ〜!1・2・3ダ―!』を初披露。
何がどうか分かりませんが最高に盛り上がるワンシーンでした。
猪木最後のリング・・・。
1998年平成10年4月4日 ドンフライ(打撃が得意な選手)との対戦。
見事、グラウンド・コブラツイストで勝利。
そして、最後にこの道を行けばどうなるものかで始まる『道』の詩をスピーチ。
10カウント 最高に泣けた・・・。
猪木の闘魂は赤!赤色・・・真っ赤・・・。
そうだ!これはレストランフォンターナで開催される2月20日からの苺フェア−デザートバイキングにピンとくる!
猪木さんよ!貴方の大好きな真っ赤な色、そして好物な苺をデザートにしましたよ!
AKA_3069.JPG
熱く情熱的な赤色に染まった苺達を、皆さん召し上がりに来ませんか?
2月20日から2月28日まで開催される苺フェア−デザートバイキングを乞うご期待ください。
ブログを見たとお伝えして頂ければ、もれなく猪木のファイティングポーズをとり一緒に撮影します。

詳しくはHP内のピックアップ「苺フェア」のバナーをチェック!!
・・・ちなみにイゴール・ボブチャンチン、絶賛ダイエット中です。

レストランフォンターナより愛をこめてイゴール・ボブチャンチンでした。
読んでくれてありがと〜!!
2017/02/09(Thu) 15:46:34 | VERDE日誌

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